I.槻念および定義
平成11年7月に文部省の「学習障害およびこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」報告書では,「学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する,または推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困発を示す様々な状態を指すものである。学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が,直接の原因となるものではない。」と定義された。
さらに留意事項として,注意欠陥多動性障害(ADHD)や広汎性発達障害が学習上の困難の直接の原因である場合は学習障害ではないが,ADHDと学習障害が重複する場合があることや,山部の広汎性発達障害と学習障害の近接性に鑑み,ADHDや広汎性発達障害の診断があることのみで学習障害を否定せずに慎重な判断を行う必要があることが付記されている。
学習障害(Learning Disabilities:LD)は,さまざまな状況で上記定義のごとき状態を示すものたちへの理解と対策が必要であるところから生まれた教育用語であり,医学用語ではない。
医学用語としては,ICD-10の会話および言語の特異的発達障害のうちの表出性言語障害と受容性言語障害(A)と学力の特異的発達障害(B),あるいはDSM-IVのコミュニケーション障害のうちの表出性言語障害と受容一表出性言語障害(a)と学習障害(Learning Disorders)(b)がはぼこれに相当するが,全く一致しているわけではない。
(B),(b)はさらに読字,算数,書字の障害,その他,混合性(ICD-10)(*1)あるいは特定不能(DSM-IV)(*2)と分類されている。また,医学用語では,(A),(a)の場合は,広汎性発達障害が除外診断になっていて,(B),(b)では除外診断になっていない。
すなわち,(B),(b)では広汎性発達障害があっても重複して参断できることになる。コミュニケーションの障害が障害の中核部分である広汎性発達障害では,当然コミュニケーション障害を持ち,その機序も特異的発達障害のそれとは違うとも考えられ,(A),(a)よりも広汎性発達障害の診断が優先される。しかしながら,対人関係の希薄さなどの他の症状に比べ,際立って言語障害が強い場合があり,その場合は,重複して障害されているとした方がよいのではないかと筆者は考えている。
II.原因
LDは,何らかの中枢神経系の障害を基盤に認知過程が障害されているものと考えられる。原因として,低出生体重,てんかん,脳の器質的疾患が示唆される場合もあるが,多くは原因不明である。
SPECTやPETなどの画像検査では,言語性意味理解障害例で左側頭葉の機能低下,視覚認知障害例で左後頭様内則面の機能低下が推測されたり(*3),あるいは神経生理学的検査では,LDの脳波で左半球機能の異常が指摘されたり,読字,書字障害のP300は,左中心部,頭頂部の振幅が低いなどの報告がされ(*4),症状に応じた大脳局所機能障害が推定されている。
しかしながら,LD児では,どのような能力の障害を持つにしても,ADHDと重複していることが少なくない,あるいは,広汎性発達障害と近接した症状をもつ場合もある。また,しばしば,発達性協調運動障害を有している,など,共通の問題も持っている。このことから,原因は,脳血管障害などから生じる多くの成人の認知障害のように大脳局所の障害のみでは説明がつかない。このことについて,小脳および大脳基底核と認知,精神機能の研究,LD・ADHDおよび小脳と大脳基底核の神経生化学的研究が,さまざまなタイプの学習障害の共通の問題を解く鍵になると思われる。
小脳と大脳皮質との双方向性の線維連絡の存在が,小脳の運動機能のみならず,高次の認知機能への関与を示唆し,特に前頭前野との線経連絡が認知機能との関連で重要視されている。機能画像検査で課題処理時の小脳の賦活が確認され,小脳萎縮で基底核や大脳皮質の血流低下が報告されている。小脳の認知過程への役割の代表的な仮説としては,大脳で広く分散した認知処理過程(刺激受容,記憶維持,記憶想起,反応など)をまとめるという処理の協調化があげられている(*5)。
また,大脳基底核は,中脳からの感情的な動機付けの情報を使って,大脳皮質からの理性的な認知の情報に「意味」を与え,それらを統合するために重要な役割を果たしているとされる(*7)。
ADHDや広汎性発達障害でも小脳機能障害の関与が示唆されている。ADHDでは,特に神経伝達物質のドパミン,ノルアドレナリン機能の低下が示唆されているが,LDでもADHD同様ノルアドレナリン代謝産物のPhenylethylalanineが低下していたとの報告もある(*6)。ノルアドレナリンは青魂三核からの小脳求心路の伝達物質とされ,ドパミンは基底核の運動コントロール機能の他,前頭葉および基底核の精神機能とも関連した伝達物質として注目されている(*7)。
以上より,情緒面,運動面,社会性の問題を種々の程度に有する認知の障害と考えられる学習障害では,大脳局所の問題の他,ドパミン,ノルアドレナリン神経系やそれらと関連した小脳および大脳基底核の機能障害が原因として推測される。
III.症状
定義に示されるように,LDでは,全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する,または推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す。
このためにLD児は学習に支障をきたすが,その影響は日常生活にまで及ぶことが多い。うまくコミュニケーションできず友達ができない,物事をうまく推論できず適切に行動できないなどである。
このような子どもは,一部の能力のみが劣っているので,周囲にそのことがわかりにくく,一部の能力が発揮できないのは,なまけているから,わざとやろうとしないなどと思われていたり,また,不得意な部分が目立つために,知的発達全体が遅れていると誤解されて,不適切に対応されス書トレスを貯めていることがある。苦手意識のため,苦手な学習や作業を拒否するようなこ次的な問題も出てきやすい。
さらに,LDでは,前述のごとく,ADHDあるいは発達性協調運動障害がしばしば合併している。この場合,ADHDの症状として,多動,不注意,衝動性,易興奮性,あるいは発達性協調運動障害の症状として,著しい不器用,バランスの悪さなどがあり,学習や学校生活への適応をより困難にしている。また,明らかな広汎性発達障害であれば単にLDであるとはいわないが,広汎性発達障害に近い対人関係の薄さをもっているものも少なくない。
IV.診断
定義を念頭に置き,合併障害を含めて診断する。また,指導に役立てるためには,定義のごとく,聞く,話す,読む,書く,計算する,推論することの障害はあるにしても,どのような機序でその能力に支障を来しているのかを知る必要がある。
その機序と関連した分類の一つに,LDを,まず言語性LDと非言語性LDに二分し,言語性LDは,@聴覚性言語障害,A視覚性言語障害,B算数障害に分けられ,さらに@は言語の理解と表出の障害,Aは読字障害,書字障害,Bは量的な思考の障害と計算障害に分け,非言語性LDをC視空間認知の障害,D運動能力の障害,E社会的認知の障害に分けるというものがある(*8)。なお,ここであげた,運動能力の障害は合併障害とした発達性協調運動障害と同義である。ただし,非言語性LDについては,「学習」以外の問題を広範に含み,また社会的認知の障害に至っては広汎性発達障害の社会性の問題との混同が避けがたいため,その分類への批判がある。
鑑別診断,合併障害として検討すべきものとして,精神遅滞,ADHD,広汎性発達障害,発達性協調運動障害,稀ではあるが,てんかんのために学習の問題を起こしていることがあり,鑑別を要する(*9)。
従って,診断のためには,問診,行動観察,神経学的診察に加え,心理発達検査が必須である。
心理発達検査で最もよく行われる検査は,ウェクスラー式の知能検査(WIPPS, WISC-R, WISCIII, WAIS-R)であるが,情報処理過程に焦点をあてたK-ABC心理・教育アセスメントバッテリーやITPA言語学習能力診断検査,視知覚運動系の検査としては,グッドイナフ人物画知能検査,フロステイツグ視知覚発達検査など,また,必要に応じて学力テスト,読書カテストも行われる。その他,高次機能検査の基礎として,利き手,ソフトサイン,左右認知は確かめておく。視力,聴力に問題がないかをチェックすることも忘れてはならない。さらなる医学的検査としては,てんかん性異常の有無をみるため,脳波検査を行い,脳の器質的障害が疑われたら,CT・MRIなどの画像検査が必要である。
V.治療および対応
1.LDに対する治療教育
治療教育では,学力指導(学習指導)の他に,対人関係をより円常に結べるように,ソーシャルスキル・トレーニング(SST)を並行して行う場合が多い。ボディ・イメージの形成や協調運動をスムーズにするために,感覚統合や作業療法的なプログラムが有効な場合もある。
また,LDは叱責される経験が日常的に多くなりやすく,失敗経験も数多いため,自己評価を不当に低下させてしまい,極端に自信をなくすといった問題も生じやすい。そうした心理的な二次障害への心理的あるいは精神医学的ケアがより優先的に必要になるケースもある。
さらに,LDへの援助を考える時に,発達段階ごとに取り組むべき問題の領域や適切な指導の方法が異なってくるということを念頭に置く必要がある。児童期には学力指導やSSTが大きな役割を持つ。思春期においては学力指導よりも,むしろSSTや,障害受容を含む自己受容を促すための心理的援助が必要になってくる。青年期に向けて性的な興味への適切な対処や,自分なりの余暇の過ごし方を見つけることに援助が必要な場合もある。
また,青年期では深刻な就労の問題が生じるため,自らの適性の理解を促すような関わりや,ジョブ・コーチを活用した職業訓練などの適用も考慮されるべきことが,近年我が国でも指摘され始めている。
学力指導での基本的な方略は,対象児の認知特性をよく把握し,得意な能力を用いて苦手な部分を補う方法を採用することである。対象児が興味・関心を持つ題材を学習に柔軟に取り入れることもポイントになる。
また,合併している発達障害として,ADHD,発達性協調運動障害や広汎性発達障害との近接性の有無を検討し,それらへの対応をも考慮にV)れてアドバイス・指導する必要がある。
2.LDの教育現場の実際
LDは学校では通常学級に在簿する者がはとんどだが,一斉授業による学習には困難が大きい。
通常学級でもLDやその周辺児が学習し易いよう,ティーム・ティーチング(TT方式)が有効に利用されている学校もあるが,文部省は平成5年から通級による指導を制度化し,現在LDを含む軽度発達障害児が通級指導を受けている場合も見られる。
通級とは,一定時間のみ通常学級から他教室に通って,個に応じた教育を受ける体制である。平成8年からはLDの専門家による小・中学校の定期的巡回指導事業の開始を初めとして,近年通常の学級でもより適切な指導が進められるよう行政的な取り組みもなされてきている。
LDへの対応にはLDという障害への援助者側の専門的知識が非常に重要である。LDに対して,法的な保障の下に障害認定と個別教育プログラム(IEP)が実施されている米国では,学校教育の中で,チームアプローチによるLD判定とIEPの作成と実施,評価が義務づけられている。
本邦では,LDがどうにか認知されるようになり,IEPの考え方も普及してきたが,実際の教育現場で専門知識やIEPなどが十分活用されるには至っていない。そのためもあり,LDへの具体的な対応には地域の医療機関,福祉機関,療育センター,民間指導機関などが果たす役割が大き
くなっている。
3.薬物治療の役割
LDの多くの問題点が薬物治療で改善するわけではないが,情緒・行動の問題が著しい場合,薬物療法により,問題を軽減することが可能である。とくにADHDを合併している場合は,薬物治療(主に中枢神経刺激剤)により,集中力を高めることで,本人の能力を出来るだけ引き出すことが可能となり,多動や衝動佐を押さえることで集団生活に適応できやすくなる。
一部のLDでは,認知処理過程そのものの改善も推定され,書字,絵画描出,作文,算数課題の一部などの改善がみられることがある。
その他,二次的に生じた心理的障害や精神医学的な問題について,カウンセリシグや精神療法的アプローチに加え,抗不安薬,睡眠薬,抗精神病薬などの向精神薬治療を行い,日常生活への適応がよくなることもある。ただし,薬物治療は慎重を期すべきであることはいうまでもない。
筆者は,不安をとり,気持ちの安定をはかりやすい漢方薬(抑肝散,小建中湯など)をしばしば使用しているが,効果を認めることが少なくない。
〔事例1〕
・男児,14歳,問題行動が目立ち築物療法を行った例
乳児期は,手がかからず,人見知りはなかった。指差しは少し遅れたが,視線が合わないことはなく,ことばの発達も遅れはなかった。
歩き出してからは多動が目立った。幼椎園では,一人で遊ぶことが多く,ルール遊びはやや苦手だった。小学校1年では,離席が目立った。2年ころから,離席はなくなったが,学習についていきづらく,落ち着きがないことから,友達にばかにされるようになった。5,6年では,他児へのチョッカイが多く,掃除などに参加できないなど行動面の問題を指摘されることが多くなった。
学校と家族で話し合いをもち,カウンセラーともかかわったが,状祝はかわらなかった。中学生になって,専門病院でADHDと診断された。
家族が,それを理解して,やみくもに叱責することを止めたら,多少落ち着いた。しかし,友達の中では浮いた存在のようであった。中学2年,3年と虚言,盗みなどの問題を起こすようになり,対応の相談のために来院した。
@診察および心理検査における特徴
目立った多動はなかったが,診察時,体のどこかは動いていることが多く,注意は逸れやすいようであった。手先の不器用さもめだっていた。本人は,盗みは良くないと思っていて,そのような衝動を押さえたいと訴えた。
WISCIII(図1)で言語性IQ108,動作性IQ76,作業的な能力,状況の理解,視覚的な認知力の低さが推測された。一方,算数,聴覚短期記憶以外の言語性能カは概して高かった。以上よりADHDおよび非言語性LDと診断した。
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